KEN’S REPORT「目的志向」
久々に歌舞伎座で海老蔵の芝居を観ました。最近は(も)いろいろな醜聞が出ている海老蔵ですが、彼は江戸一番の色男「助六」を演じる役者ですから、海老蔵がモテモテでないと江戸っ子がしょんぼりしてしまいます。今月の演し物は歌舞伎十八番の「暫」で、醜聞など関係なく、立派な芝居でした。
「暫」というとオリンピックの開会式にも登場しました。日本の伝統芸能だから開会式に登場した、という解釈がされているように思いますが、私が思うに「暫」が登場したのは、日本のロボットアニメの祖先だから、です。「暫」の主人公の鎌倉権五郎は頭に力紙という紙を挟んでいますが、私にはガンダムにしか見えません。他の多くのロボットアニメもこの鎌倉権五郎をモデルにしている気がします。それにこの鎌倉権五郎は前髪があるので、実はまだ元服前の子供で、いまだと14、15歳です。これもアムロや碇シンジに通じるところだと思います。
そもそも「暫」という芝居は1697年に初演された歌舞伎十八番の中でも最も古く、ストーリーは単純です。舞台の上に「いい人」と「悪い人」がいて、「いい人」が「悪い人」にまさに殺されそうになった瞬間に花道から「しばらく」と声を掛けて登場し、舞台中央に来てこの写真の「元禄見得」という大見得を切ってから、持っている大太刀で「悪い人」を一撃で倒して去っていくという芝居です。
東京オリンピックの開会式の写真
ヒーローはギリギリに登場する、ということが既に300年以上前から行われており、また登場したらピカーンと光って見得を切るのも、ロボットアニメと一緒です。日本のアニメやゲームの様々なキャラクターが登場したオリンピックの開会式の締めに鎌倉権五郎ほどふさわしいものはありません。
以前三代目市川猿之助(現猿翁)は、「暫」の鎌倉権五郎のいでたちは時空を超えており、この格好でエジプトのピラミッドの前に立っても、ニューヨークのタイムズスクエアの前に立っても違和感はない、と言っていましたが、オリンピックの開会式でジャズピアノとの共演など、時空を超えた鎌倉権五郎なら造作のないことです。「伝統芸能」というと「昔流行ったもの」をそのまま保存しているもの、と思われがちですが、歌舞伎は今も商業的に成功している演劇ですので、長年大衆に愛されている「伝統」こそ日本が世界に見せる価値のある深みのある文化でしょう。
さて前置きが大変長くなりましたが、4月29日に高専制度創設60周年を記念した第3回全国高等専門学校ディープラーニングコンテストDCON2022の本選決勝が東京大手町の日経ホールで開催されました。DCONは全国各地にある高専のチームが、それぞれの地域の課題をディープラーニング技術を使って解決するビジネスモデルを作り、チームを会社と見立てた時の企業評価額の高さで順位を競うという大会です。本選には予選を勝ち抜いた10チームが進出し、日経ホールの舞台で5人の著名なベンチャーキャピタリストの前で最終ビジネスピッチをしました。以下が最終結果で、優勝は企業評価額10億円、投資額5億円の提示を受けた一関工業高専、準優勝は大島商船高専、3位は佐世保工業高専でした(2位と3位は同額ですが、札を挙げたVCの数で大島商船が上位になりました)。
優勝した一関工業高専は「D-walk」という認知症を予防し早期発見することのできるデバイスを用いたビジネスモデルを提案しました。技術的にはかなりシンプルで、インソールに加速度センサーを付け、認知症に特徴的な歩き方を回帰分析で推論する、というものでした。技術的にはかなり単純なのですが、特徴的だったのはビジネスモデルで、非常に精緻に考えられ、シミュレーションされたモデルが提案され、収益予想など、VCを十分に納得させるものでした。
準優勝の大島商船高専は「New Smart Gathering」というキクラゲを自動収穫するシステムを提案しました。こちらは収穫時期のキクラゲを判断する画像認識や、収穫するためのロボットアーム、さらに遠隔地で作業するためのVR機器など、最新技術がこれでもか、と盛り込まれており、高専生らしいものでした。ビジネスモデルは反対にかなり素朴なものでした。
この2校の違いは非常に示唆に富んでいると私は感じました。優勝した一関の利用した技術は「回帰分析」なので、単純で手堅い技術ですが、ビジネスモデルを様々な状況を予想して構築し、どんな状況でも収益が得られるように考え、さらに保険会社を利用して顧客を見つける、というアイディアも素晴らしいものでした。スタートアップの製品はどうしても機能が少なく、対象となる顧客がニッチとなるので、スタートアップ自ら顧客を見つけ出すのは非常に難しいですが、認知症の保険をかけている人こそターゲットである、と考えて保険会社と組むというのはいいアイディアです。私自身現在スタートアップに関わっていますが、製品のバリエーションが少ない中で、製品の提供する機能にピッタリ合う顧客を見つける困難さを痛感しているので、彼らのアイディアは是非参考にしたいところです。
準優勝の大島商船は最新技術のてんこ盛りで、もしこれを本当にビジネスにしたら、バグが次から次へと出て相当に苦労するであろう、と思われるものでした。しかし、技術的なチャレンジは高専生らしいものであり、ビジネスモデルは粗削りでも高単価のキクラゲに目を付けた着眼点は素晴らしいもので、将来性は大いに感じました。
ビジネスの目的は収益を得ることなので、その目的を実現するための手段を的確に選ぶことこそ重要な判断ですが、ややもすると「AI」を利用することが目的となって、本来の目的からそれてしまうこともあります。そのような中で一関の割り切りは立派であり、「目的志向」の素晴らしいビジネス判断だと感じました。
先日松尾先生がAI EXPOでの講演で、DX人材に必要な力として以下の3つを挙げていました。
1. PDCAを回す力
2. デジタルの力(ITシステム、AI、Web)
3. 目的志向
「そもそも何のためにやってるんでしたっけ?」ということを明確に出来る目的志向が重要だ、と仰っていました。日本企業でいまだに使われているPPAPなど、「何のためにやっているのか」を少しでも考える力があれば一瞬で廃止出来るものだと思いますが、それが出来ないのは、、、
この先は愚痴になるので、今月はこれで終わりたいと思います。
付録
現在私がマーケティングの責任者を務めているSambaNova Systems Japan合同会社のイベントを5月26日木曜日に実施します。是非ご参加下さい
2017年にシリコンバレーで創業したSambaNova Systemsは独自の再構成可能なデータフローアーキテクチャに基づくAI半導体であるReconfigurable Dataflow Unit(RDU)を開発し、RDUを搭載したハードウェアシステムDataScale、その性能を最大限に引き出すソフトウェアスタックSambaFlow、さらに主要な機械学習ソリューションDataflow as-a-Serviceまでを垂直統合システムとして提供しています。
本セミナーではSambaNova Systemsの共同創業者の一人であり、「マルチコアプロセッサの父」と言われているスタンフォード大学教授のKunle Olukotunが来日し、基調講演を行います。また製品担当上級副社長も来日し、SambaNova Systemsの製品、ソリューション、サービスなどについてご紹介します。https://sambanova.connpass.com/event/246025/
林 憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。2020年12月より信州大学社会基盤研究所特任教授。2022年1月よりシリコンバレーのAIスタートアップSambaNova Systemsで日本のマーケティング責任者を務める。